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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)12293号 判決 1999年3月23日

第一事件原告、第三事件被告

A

第二事件原告、第三事件被告

B

第二事件原告、第三事件被告

C

外二名

右五名訴訟代理人弁護士

松村信夫

芹田幸子

折田泰宏

右松村信夫訴訟復代理人弁護士

和田宏徳

第一事件被告

K

外二三名

第二事件被告

L

外三四名

第三事件原告

M

右第一、第二事件被告ら及び第三事件原告訴訟代理人弁護士

土居幹夫

速見由昭

溝上哲也

第三事件被告

F

第三事件被告

G

右第三事件被告ら訴訟代理人弁護士

奥西正雄

吉田実

第三事件被告

H

第三事件被告

I

主文

一  第一事件原告、第三事件被告Aは、第三事件原告に対し、同原告から金四〇八〇万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録(七)記載の不動産につき、平成八年八月二〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、同目録(七)記載の建物を明け渡せ。

二  第二事件原告、第三事件被告Bは、第三事件原告に対し、同原告から金四〇八〇万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録(二)記載の不動産につき、平成八年八月二〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、同目録(二)記載の建物を明け渡せ。

三  第二事件原告、第三事件被告C、同D及び同Eは、第三事件原告に対し、同原告から不可分債権として金四〇八〇万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録(三)記載の不動産につき、平成八年八月二〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、同目録(三)記載の建物を明け渡せ。

四  第三事件被告Fは、第三事件原告に対し、同原告から金四〇八〇万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録(四)記載の不動産につき、平成八年八月二一日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、同目録(四)記載の建物を明け渡せ。

五  第三事件被告F及び同Gは、第三事件原告に対し、同原告から不可分債権として金四〇八〇万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録(五)記載の不動産につき、平成八年八月二一日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、同目録(五)記載の建物を明け渡せ。

六  第三事件被告Hは、第三事件原告に対し、同原告から金四〇八〇万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録(一)記載の不動産につき、平成八年八月二〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、同目録(一)記載の建物を明け渡せ。

七  第三事件被告Iは、第三事件原告に対し、同原告から金四〇八〇万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録(六)記載の不動産につき、平成八年八月二〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、同目録(六)記載の建物を明け渡せ。

八  第一事件原告・第三事件被告A、第二事件原告・第三事件被告B、同C、同D及び同Eの請求をいずれも棄却する。

九  訴訟費用は、第一事件原告・第三事件被告A、第二事件原告・第三事件被告B、同C、同D、同E、第三事件被告F、同G、同H、同Iの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  第一事件

第一事件被告らが平成八年四月二一日に開催した新千里桜ヶ丘住宅A一〇棟区分所有者集会における新千里桜ヶ丘住宅の建替えに関する件に関し、建替えを可とする決議が無効であることを確認する。

二  第二事件

第二事件被告らが平成八年四月二一日に開催した新千里桜ヶ丘住宅A三棟区分所有者集会における新千里桜ヶ丘住宅の建替えに関する件に関し、建替えを可とする決議が無効であることを確認する。

三  第三事件

主文第一ないし第七項と同旨。

第二  事案の概要

本件は、築後二九年を経た全一二棟の建物で構成する一団地の各棟の区分所有者集会において、建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という。)六二条に基づく建替え決議がなされたところ、そのうち二棟の建物で右決議に基づく建替えに参加しない旨を回答した区分所有者らが決議の無効確認の請求をし(第一、第二事件)、反対に、右決議と同時に指定された買受指定者が、右二棟を含む合計五棟の建物の決議に基づく建替えに参加しない旨を回答した区分所有者らに対し、法六三条の売渡請求権を行使したうえ、所有権に基づき当該区分所有建物の所有権移転登記手続請求及び明渡請求をした(第三事件)事案である。

[以下、建替えに参加しない旨を回答した第一事件原告・第三事件被告、第二事件原告・第三事件被告ら、第三事件被告らを便宜上「非参加者」といい、一方、建替えの決議に賛成した区分所有者である第一、第二事件被告らを「参加者」、買受指定者である第三事件原告を「買受指定者」という。]

一  争いのない事実(弁論の全趣旨により容易に認定できる事実を含む。)

1  団地と建物区分所有関係

非参加者Aは、別紙物件目録(七)記載の不動産を、同Bは同目録(二)記載の不動産を、亡Jは同目録(三)記載の不動産を、非参加者Fは同目録(四)記載の不動産を、非参加者F及び同Gは同目録(五)記載の不動産を、非参加者Hは同目録(一)記載の不動産を、非参加者Iは同目録(六)記載の不動産を、それぞれ平成八年四月二一日当時所有し、これら各建物は、昭和四二年五月頃建築されたA一棟ないしA一二棟までの全一二棟で構成された「新千里桜ヶ丘住宅」と呼ばれる一団地内の各棟(以下、一二棟の各建物をいうときは「各棟建物」、全体の建物と敷地を合わせて「本件団地」という。)の区分所有建物の一部であり、非参加者A、同I、参加者のうち第一事件被告らはA一〇棟の、非参加者HはA二棟の、非参加者B、亡J(相続人は、非参加者J、同D、同E)、参加者である第二事件被告らはA三棟の、非参加者BはA四棟の、非参加者F、同GはA九棟の各区分所有者である。

2  建替え決議

本件団地の各棟において、平成八年四月二一日、いずれも区分所有者集会が開催され、以下のとおり、区分所有者及び議決権の各五分の四以上の賛成多数により本件各棟の建替え等に関する決議(以下、これらの決議を「本件決議」という。)がなされ、その附帯決議として、買受指定者が各棟において区分所有建物及び敷地利用権を買受けることができる者として指定された。

(一) 決議内容

(1) 新築建物七棟の設計概要(基本計画案から敷地配置図、基準階平面図、立面図、断面図、住戸タイプ図①ないし⑮、設計概要、設備概要、仕上表により構成される。)

(2) 建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の概算(取り壊し費用総額二億七二〇〇万円、再建築建物建築費計一一三億七〇五〇万円、附帯費計五億八九三〇万円。)

(3) 事業費の分担の方法(敷地評価額を坪一七〇万円と評価した等価交換方式。)

(4) 再建建物の区分所有権の帰属(抽せんの具体的方法。)

(5) その他

各棟で同一の決議が成立することを条件として成立し、議事録保管者を選任し、附帯決議として、建替え合同委員会の設立、非参加者らの区分所有権の買受指定者として第三事件原告井上勝を指名する旨

(二) 決議結果

A一棟 区分所有者三六名中三五名の賛成(一名棄権。)

議決権数四〇中三九の賛成(棄権一。)

A二棟 区分所有者二四名中二三名の賛成(非参加者Hが棄権。)

議決権数二四中二三の賛成(棄権一。右同。)

A三棟 区分所有者三一名中二九名の賛成(非参加者B、亡Jが棄権。)

議決権数三二中三〇の賛成(棄権二。右同。)

A四棟 区分所有者一二名中一一名の賛成(非参加者Bが棄権。)

議決権数一二中一一の賛成(棄権一。右同。)

A五棟 区分所有者一二名全員の賛成

議決権数一二全部賛成

A六棟 区分所有者二四名全員賛成

議決権数二四全部賛成

A七棟 区分所有者二三名全員賛成

議決権二四中全部賛成

A八棟 区分所有者二四名全員賛成

議決権数二四全部賛成

A九棟 区分所有者三〇名中二九名賛成(一名棄権。但し、非参加者Fは四〇五号室を単独所有し、非参加者F及び同Gは四〇八号室を持分割合をそれぞれ八分の五及び八分の三で共有している結果、法三九条、四〇条により合わせて一人として計算される。)

議決権数三二中三〇の賛成(非参加者F並びに非参加者F及び同G共有の二個の棄権。)

A一〇棟 区分所有者二四名中二二名の賛成(非参加者Iが反対、同Aが棄権。)

議決権数二四中二二の賛成(右同。)

A一一棟 区分所有者一一名全員賛成

議決権一二全部賛成

A一二棟 区分所有者一二名全員賛成

議決権一二全部賛成

3  建替え参加の催告

(一) A一〇棟関係

A一〇棟建替え決議集会招集者代表は、非参加者A、同Iに対し平成八年四月三〇日到達の書面により、非参加者Iに対し同年五月一日到達の書面により、それぞれ法六三条一項に基づく本件決議の内容による建替えに参加するか否かの催告をしたが、非参加者Aは回答を拒否し、同Iは建替えに参加するとの回答はしなかった。

(二) A三、四棟関係

A三、四棟建替え決議集会招集各代表者は、平成八年四月三〇日到達の書面により、非参加者Bに対し、A三棟建替え決議集会招集代表者は、同日到達の書面により、亡Jに対し、それぞれ法六三条一項に基づく本件決議の内容による建替えに参加するか否かの催告をしたが、非参加者Bは書面の受取りを拒否して建替えに参加するか否かの回答をせず、亡Jは回答を拒否した。なお、亡Jは平成八年一一月三日に死亡し、妻である非参加者C、子である非参加者D、同Eが同人の権利義務を相続した。

(三) A二棟関係

A二棟建替え決議集会招集者代表は、被参加者Hに対しても、平成八年四月三〇日到達の書面により、法六三条一項に基づく本件決議の内容による建替えに参加するか否かの催告をしたが、非参加者Hは建替えに参加するとの回答はしなかった。

(四) A九棟関係

A九棟建替え決議招集者代表から、非参加者Fに対し、平成八年五月三日到達の書面により、法六三条一項に基づく本件決議の内容による建替えに参加するか否かの催告をしたところ、被参加人Fは、参加の可否を回答する必要がない旨の回答をした。

また、A九棟建替え決議集会招集者代表は、非参加者Fと同居している同人の妻である非参加者Gに対しても別途、平成八年四月三〇日ころ到達の書面により、法六三条一項に基づく本件決議による建替えに参加するか否かの催告をしたが、非参加者Gは、建替えに参加するとの回答はしなかった。

4  売渡請求権の行使

そこで、買受指定者は、法六三条四項により、平成八年八月一九日到達の書面で亡Jに対し、同月二〇日到達の書面で非参加者B、同A、亡J、非参加者H、同Iに対し、同月二一日到達の書面で非参加者F、同Gに対し、それぞれ所有の区分所有建物及び敷地利用権を売り渡すように請求した。

(なお、非参加者Gに対する請求書面は書留内容証明郵便で同年八月二一日、配達されたがいずれも不在であり、結局、保管期間経過により返送されたが、夫である非参加者Fに右のとおり催告が到達したほか、後記の経過からして右売渡請求の意思表示を同月二一日には了知し得る状態にあったものというべきである。)

5  各建物の占有

非参加者らは、本件口頭弁論終結時において、1に掲記した各区分所有建物を占有し、いずれも、本件決議が法に定める客観的要件を満たさず無効である等と主張しているが、参加者らはこれが有効であると主張し本件決議の効力につき争いがある。

二  争点

本件決議の効力

第三  当事者の主張の要旨

一  非参加者ら

本件決議は、法六二条の実質要件を欠き、かつ、決議の過程に手続要件を欠くなどしているから無効である。

1  実質的要件の欠缺

(一) 非参加者A、同B、同C、同D、同E

法六二条は、建替え決議の前提要件として「老朽、損傷、一部滅失その他の事由より」、「建物の価格、その他の事情に照らし、建物がその効用を維持し、又は回復するのに過分の費用を要するに至ったとき」と規定しているが、昭和五九年改正法により法六二条以下の建替え制度が設けられるにあたり、敷地の効用を増加させることを目的とする制度が排せられ、さらに、前記要件についても、当初、法務省民事局参事官室の発表した改正要綱試案では「建物の建築後堅固な建物にあっては六〇年その他の建物にあっては三〇年の経過‥」、改正要綱十三の1においても「建物の建築後相当期間の経過…」が挙げられ、その後の国会審議を通じて、現行法の条文が確定した審議過程に鑑みれば、右要件については、事実上建物の効用増を目的とする法定建替えが行われることがないよう厳格な解釈が要請されるというべきであり、この観点に立てば、前者の要件にいう「老朽」とは、民法及び借地借家法にいう「朽廃」の程度に至る必要はないが、少なくとも物理的な効用の減退は不可欠であり、社会的経済的効用の減退は直ちに「老朽」要件に該当することを示すものではなく、後者の要件にいう「建物がその効用を維持し、又は回復するのに過分の費用を要する」というのも、物理的効用の維持回復費用を中心に考慮すべきであって、社会的経済的効用の積極的増加費用を含まず、かつ、いわばランニングコストともいうべき通常の維持管理に要する費用を超える特別の費用を指すものというべきである。さらに、費用と対比すべき「建物の価格」も、客観的な取引時価を基準にすべきであって、それを正確に反映しない基準を採用することはできない。

そして、法六二条以下の立法過程において、区分所有者の頭数及び議決権の一〇分の九以上の絶対多数をもって建替えを許容する制度が、多数決の濫用による少数者の利益の侵害に結びつくことを理由に採用されなかった経過をもみれば、右の要件は多数決原理による建替え制度の合理性を担保するものとして客観的、かつ厳格に解釈されるべきことは当然であって、本件決議の賛成者数の多寡の程度が右の客観的要件の解釈に影響を与えるものであってはならない。

しかるに、本件団地(各棟ごとの管理組合は存在せず、後記団地管理自治会が各棟建物の共用部分等の維持管理をもしている。)において昭和六一年から平成七年度までに支出した修繕費は、一戸あたり年間一万五四七〇円にすぎず(しかも、この中には、本来は管理費用に計上されるべき内外配水管清掃費や下水管詰まり工事をも含んでいる。)、修繕が老朽化に追いつかないなどの現状は一切存しない。もともと、本件団地の管理費、修繕積立金は他の周辺団地におけるそれと比較しても、当初から低額に設定されたばかりか、適切な改訂がなされないまま据え置かれてきたもので、仮に参加者らが主張するように建物の一部に損傷箇所等が存在するとしても、右はひとえに修繕努力の不足によるものであって、十分な管理費、修繕積立金を徴収し、それによる適切な補修を施せば建物の効用を回復する範囲内のものである。参加者らは、その程度にとどまる各棟建物の老朽化や腐食、損傷等をいたずらに誇張しているにすぎず、本件決議には法六二条一項所定の客観的要件を欠くものである。

(二) 非参加者F、同G

法六二条の解釈については非参加者Aらとほぼ同旨であるが、次のとおり付言する。すなわち、本件団地において建替え問題が検討され始めたのは昭和六一年からであるが、その後も、老朽化や補修費用が過分かどうかの問題は全く検討されないままであり、建物建築後二九年の経年というのは、税法上の耐用年数六〇年に比し半ばにすぎないのであって、補修によって十分に対応でき、建替えの必要などあろうはずがない。しかるに、建替えを先導する者らは、今回、建設業者との話し合いがまとまったため、法六二条一項の過分の費用を要するかどうかとは全く関係なく、広い敷地を利用して新しい建物に入居するため、反対者の排除のために法定建替え制度を利用しているにすぎない。各棟建物は、建替え問題が浮上してから十分な維持管理がなされていないことから、一定程度の効用減があることは否定できないが、特別の老朽化はなく、通常の補修をすれば十分に対応可能である。

(三) 非参加者H

法六二条の解釈については非参加者Aらとほぼ同旨であるが、次の点を付言する。すなわち、区分所有建物は共有財産性と個人財産性の二面性を有するところ、法六三条所定の売渡請求権の性質は、相手方の同意なく絶対性を有する所有権が移転する形成権であって強制買収権にも等しいのであるから、法六二条一項の要件が存在するというためには、土地収用法二条に比肩できるような、建替え決議に反対することが明らかに不合理であるとみられる場合でなければならないはずである。そして、右の様な形成権に正当性の契機を与えるのは、時代や社会一般の要請にかなったものでなければならないが、建築当初の住宅としての機能は十分維持されていて、まだ存在価値のあるものを安易に取り壊すことが社会一般の支持を受けるとは到底いえない。およそ、建物には、建築直後から緩やかに老朽化が開始する面(物理的老朽化)と、時代の流れとともに陳腐化するという面(社会的老朽化)の二面があり、前者についてみれば、本件団地の所在する近隣の公団、公社の分譲住宅と比較しても各棟建物は決して老朽化していないし、後者についてみても、本件団地よりも水準の劣る近隣の公団賃貸住宅の競争率が一〇倍以上もある事実に鑑みても社会的に老朽化しているとはいえない。もし、本件各棟建物が、今となっては参加者らの社会的要求水準に合わないというのであれば、それに合致する他の住宅を求めるべきであり、現在の水準で満足している他の住民を追い出してまで建替えがなされるべきではない。また、地球規模の環境破壊と資源の枯渇を考えると、資源とエネルギーの固まりであるわずか築三〇年の建物を破壊することの社会的損失は重大である。各棟建物は、確かに、今後この効用を維持するためには相当の修繕を必要とするが、現状は十分な修繕が行われた末のものではなく、賛成派が大修繕を怠り応急措置的修繕しか行っていない結果にすぎない。現に、同時期、同規格の圧倒的多数の団地においては増築、給排水の取替を行っており、各棟建物においても塗装の剥離を初めとして、標準的な補修工事によって解消されないような問題はない。以上の検討からすれば、法六二条の客観的要件としては、①社会的な老朽化即ち、建物が社会の水準から著しく劣っていて、物理的老朽化に対し建物の効用を維持するために補修費をかけるに値しない場合か、②社会的老朽化はないが物理的に老朽化し、さらに同規格、同築年数の他の住宅より特に多額の補修費を要することが明らかな特段の事情が存在する場合の二つの場合に限られるべきであり、具体的には、大規模地震によって躯体が大規模破壊された場合、建物の基本的構造に致命的な欠陥があった場合、築後全く補修せず修復不可能なほど劣化が進んでいる場合、築六〇年ないし七〇年を経過して建物が限界効用に達した場合等であり、各棟建物がこれらのいずれにも該当しないことは明らかである。なお、専有部分は各所有者が責任を負担すべきもので、ここにいう補修費用は専有部分のそれを含まないものというべきである。

(四) 非参加者I

およそ、建物の維持のために修繕費用をかけるのは当然のことであるのに、参加者らの主張は、要するに、「修繕が面倒になってきたから、費用を出費せずに建替えて新しい広い家屋に住みたい。」との願望が先行しているにすぎず、実質的要件については真摯に検討されたことすら存しない。建替えて、ただできれいなところに住み替えできるとの気持ちが先行して修繕を放置してきたのが実態である。

2  本件決議の手続上の瑕疵(無効原因)

法六二条に定める要件は、単に客観的な事実の問題であると同時に決議の有効要件である以上、あらかじめ客観的条件が存在することを根拠資料とともに区分所有者に提示し、決議を行うにあたり当然審議の対象とされるべきであるのに、招集通知にはもちろん集会前に配布された「建替え決議についてのご説明」と題する書面及び資料においても各棟建物全体の老朽度と修理費の全体像を示して区分所有者の意向を聴くことはなかったため、各区分所有者は右実質要件を審議することなく本件決議を行っており、仮に右のような資料の提示があれば決議の結果が変わっていた可能性も高く、決議の内容に重大な影響を及ぼすべき手続上の瑕疵がある。

けだし、法三五条が、集会の一週間前に会議の目的を示して各区分所有者に招集通知を発すべきとしているのは不意打ちを防止する趣旨と考えられるが、重要な事項は各区分所有者があらかじめその内容を了知する必要があるからであって、右のような重大な手続を欠く本件決議は、法三五条五項、三七条一項、六二条等の趣旨に違背し、無効である。

3  団地管理規約に基づく集会決議の不存在(無効原因)

各棟建物の区分所有者は、全員で新千里桜ヶ丘住宅管理自治会を構成し、管理自治会として会則及び規約を定めて集会を開催してきたが、その会則(以下「本件会則」という。)七条の二(7)において「法六二条に基づく建替え」については管理自治会の総会の議決を得ることが定められているのに、本件においては、本件各決議の前に本件会則に基づく総会は招集されず、決議も行われていない。よって、本件決議は無効である。

4  社会的相当性ほか

本件決議は、以上のとおり、法的根拠を欠くばかりではなく、その建替え計画は社会的相当性にも欠けるものといわねばならない。すなわち、本件各棟建物に建替えが必要となっている状況がないことは右のとおりであるが、本件団地と同様に昭和三九年ないし四二年に分譲された公団、公社の団地においては、本件団地よりも各住戸毎の居住面積も狭く、附帯設備が悪いところが多いにもかかわらず、大部分が現に補修を行い、増改築を行うなどして、効用を維持している。しかも、効用維持のために工事に多額の費用を要した事実は存在しない。そうだとすると、本件各棟建物を取り壊すことの社会的損失は計り知れず、その他、バブル経済の時点で立案された本件建替え案が真に実行可能かどうか疑問もあるし、建築コスト削減のために質の低い工事がなされる恐れもある。さらに、建替えの実行には、区分所有者一人あたり約九六〇万円の出捐を要するとの試算もあり、本件決議に基づく建替え案よりも等価交換率が高く、仮住まい費用も低く、本件のような高層化も伴わない建替えを行うことができる試算もあるくらいである。

二  参加者及び買受指定者

1  実質的要件の存在

非参加者らの主張は、法に定めのない要件を付加し、あるいは一方的な見解を述べるものである。法六二条にいう「老朽」とは、朽廃とは異なり建築後の年数の経過により建物としての効用が損なわれること、建物としての効用の減退はあるが未だ建物としても社会的効用を維持している状態をいい、老朽の判断に際しては、単に物理的な視点からのみでなく社会的、経済的視点から判断されるべきである。各棟建物については、外壁や庇の老朽化、コンクリート片の落下、クラック、外壁の防水劣化、鉄筋の腐食、配水管や給水管の腐食、スラブの亀裂、風呂の水漏れ等の物理的な老朽化が存するし、同時に、電気容量が少なく、洗濯機置場がなく、ベランダの二方向避難が不可能であるなど社会的老朽化も進んでいる。また、その他の事由として、構造上、一部の建物にはエクスパンションジョイント部の異常、ベランダ及びベランダ側溝の防水不備、さらには配管がコンクリート内を通っているため、その取替さえ困難な状況がある。

そして、法六二条にいう「建物の価額」とは決議時点での建物全体の価額であって敷地利用権は価額に含まれないし、「その他の事情」とは、建物利用上の不都合、その他建物の現状、土地の利用に関する周囲の状況を指すが、本件で建物価額をみれば、平成九年度固定資産税評価証明書では、一戸あたり一二〇万円程度、株式会社竹中工務店の試算においては一戸あたり四五七万四六五三円(法定耐用年数六〇年で計算した場合)ないし二四三万四八九六円(経済的耐用年数四〇年で計算した場合)、あるいは、住友信託銀行作成の評価意見書によれば一戸あたり三〇〇万円程度である。

さらに、効用を維持する費用は、現時点で建物の効用が損なわれたとまではいえないが今後建物の効用を維持し続けるために必要な費用をいい、建物の効用の回復に要する費用は、建物の一部滅失等により、建物の効用が損なわれた建物を原状に回復するための費用をいう。そして、過分か否かの判断には現在必要とされる費用だけではなく、将来必要と見込まれる費用をも考慮して、社会通念に従って判断すべきであり、区分所有者の大多数がこの要件を満たすものと判断したということは、それ自体十分に尊重するべきものと考えられる。

本件団地における、今後三〇年間にわたり必要な効用維持回復費用を網羅的に概算してみれば一戸あたり一一七三万五〇〇〇円が必要で、あるいは現時点で最低限必要な範囲に限定した費用を算出してみても一戸あたり六四五万七五〇〇円の費用を要する状況にある。

以上のとおり、いずれにしても、各棟の補修については過分の費用を要することは明らかである。

2  建替え手続の瑕疵(無効原因)の不存在

本件団地は、昭和四〇年代前半の高度経済成長期の突貫工事で建設されたため当初から不都合が散見され、たびたび修繕工事を行ってきたものの修繕が老朽化に追いつかないまま現在に至っている。

このため、本件決議に至るまでは、建替えコンペ説明会、複数回の意見交換会、外部コンサルタントで構成される建替え調査委員会による調査報告、第一候補となる建替え案の内定及び幾度かの修正等を経て本件決議に至ったものであり、非参加者らが主張するような一部建替え推進派の暴走などでは決してあり得ない。そして、建替え委員会は、建替えニュースや弁護士による法定建替えの説明会等あらゆる角度から検討を行ない、とりわけ、建替えニュースにおいて、最近の修理、損害発生状況の定期的な報告、集合住宅の管理と寿命について等の記事を掲載し、各区分所有者にも情報提供を行って理解を得るように努力してきたのであり、建替え決議の手続に何らの瑕疵はない。

3  団地管理規約に基づく集会決議について

本件会則七条の2(7)における「法第六二条一項の場合の建替え」の規定は、本件決議のように各棟の区分所有者総会の決議が必要であることを注意的に定めた規定であって、各棟の集会における決議と別途に決議を必要とする趣旨ではない。

仮に、非参加者ら主張の解釈を採るとしても、各棟建物ごとの集会で法六二条の建替え決議を行う前に管理自治会総会の決議を要求している条項は、法の定めに抵触する無効な規定であって、本件会則に基づく集会決議がなかったとしても本件決議に何らの瑕疵をもたらさない。むしろ団地管理自治会が各棟建物の集会の決議に関わることは、かえって各棟建物の集会への干渉になる。

さらに、仮に右規定が有効であるとしても、各棟における本件決議を合わせると、二七二の議決権のうち賛成が二六三というように圧倒的多数の賛成を得ており、本件決議の結果に影響を及ぼさないというべきであるから、商法二五一条の裁量棄却の規定が類推適用されるべきである。

4  社会的不相当性に対する反論

本件団地は、昭和四〇年代前半の万博直前の職人不足等のなか突貫工事により建築されたもので、平成七年一月の阪神・淡路大震災により各所に亀裂が入る等している。そして、豊中市でも大規模マンションの建替えについて補助金綱要を策定して建替えを助成する制度を発足させ、近隣のKA団地(昭和四五年建築)、東丘住宅(昭和四三年建築)においても建替えが着工ないし検討されているように、同時期に建築された集合住宅が建替え問題に直面している現実は十分に考慮されるべきである。

第四  争点に対する判断

一  甲第一ないし第七号証、第一一及び第二一号証、検甲第一ないし第三号証、乙第一ないし第一八号証、第二七ないし第五六号証、第五八ないし第一〇一号証、乙第一一〇、第一一一号証、検乙第一ないし第一〇号証、第一三ないし第一五号証、丙第一ないし第一六号証、丁第一ないし第一三号証、第二事件甲第三号証の一、二、第四号証の一ないし四、同事件検甲第一ないし第五号証、同事件乙第一号証、証人川口憲一の証言、非参加者Hの供述並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  本件団地の概況

(一) 本件団地は、国内初の大規模ニュータウンといわれる「千里ニュータウン」の一角に位置している。右ニュータウンは、昭和四五年の大阪万国博覧会を契機に住宅地として開発されたもので、民間より分譲された中高層マンション、大阪府住宅供給公社により分譲された四階建ての共同住宅等から成る集合住宅の団地が形成され、高度経済成長期に大量・低廉な住宅の供給による住宅難の解消、計画的住宅地開発による緑豊かで良好な住環境の形成、集合住宅での新しい生活様式の実現、さらには、周辺地域の都市化と高次都市機能の集積の誘発など一五万人規模の都市開発のモデルとなってきたが、その後における人口の都市集中の停滞と都市での定住、高齢化と少子化の進展、さらには車の普及等々の社会経済情勢の変遷により、人口は昭和五〇年における一三万人弱を頂点に平成九年ころには一〇万人を割り込み、平成七年の高齢化率12.6パーセントは大阪府平均を超え、現状のまま推移すれば高齢化が急速に進展すると予想され、世帯分離による若年層の流出や夫婦のみ、あるいは高齢単身世帯が増加している。

(二) 本件団地は、大阪府住宅供給公社を事業主として昭和四二年五月ころに竣工し、二万四三四八平方メートルの広大な敷地(第一種中高層住居専用地域、第二種高度地区にある。)に建築された壁式構造による鉄筋コンクリート造り四階建て(平均的な一棟の建築面積は三一〇平方メートル、延床面積一四七二平方メートル、区分所有数二四戸)の合計一二棟の各棟建物(全二七二戸の区分所有建物)で構成され、敷地権割合は一戸あたり一律二七二分の一であるが、建物の使用資材・品等・施工の程度は、今となっては分譲区分所有住宅としては簡易・質素な設計施工となっており、狭い階段以外にエレベーターはなく、配管がコンクリートの中を通っているため取り替えが困難で、各戸のベランダとその溝に防水施工がなく、電気容量も小さく、洗濯機置場もない。また、専有部分一戸あたりの壁芯面積は、57.17平方メートル(二四〇戸)と56.21平方メートル(三二戸)というように狭隘で、分譲時の間取は三LK、四Kまたは三DKタイプとなっている。

しかし、ニュータウン内の他の大規模団地とほぼ同様に、一二棟の建物全体の建築面積四三六八平方メートルの敷地に対する建ぺい率の割合は17.9パーセント(公法上の規制は六〇パーセントである。)、延べ床面積一万六六三八平方メートルの敷地に対する容積率割合は68.2パーセント(同二〇〇パーセント)であって敷地内には緑地が多く、隣接した千里東町公園には広大な自然環境を残しており、場所的にも、北大阪急行電鉄千里中央駅の北方約五〇〇メートルに位置して大阪市中心部への交通が至便であり、同駅周辺には百貨店を含む商業施設が整い、住宅地としての立地条件は極めて良好である。

2  本件決議に至る経緯

(一) 本件団地においては団地管理自治会が構成されているが(法六五条)、昭和四四年から平成七年まで管理自治会が支出した過去の補修費用は次のとおりである。

昭和四四年 七万八九六四円

四五年 七万〇九五七円

四七年 二六万六四六〇円

四八年 二三一万〇四八〇円

四九年 二八〇万九九二〇円

五〇年(腰壁塗装等)

二五三万九五二八円

五一年 三六五万〇九八八円

五二年 七二万八六〇三円

五三年(外壁塗装)

三九五一万〇八八九円

五四年(屋根改修工事)

一二七四万九四九二円

五五年(屋根工事)

一八四九万二一三六円

五六年 一九七万九四六二円

五七年(手慴り、玄関扉塗装)

三九一万三二九五円

五八年 五二万二六〇〇円

五九年(地下排水管付け替え)

一九七万七七九一円

六〇年(ベランダ天井他塗装)

二九三万七四八〇円

六一年(屋上庇補修)

二四一万四七八〇円

六二年(鉄部塗装)

二九六万一六八八円

六三年(玄関扉他塗装)

四四二万五一二四円

平成元年 一五二万〇四六〇円

二年(外壁補修等)

六三一万三五〇五円

三年 二一三万二〇七八円

四年(止水栓取り替え他)

一四八五万三九八七円

五年(ベランダ、玄関扉塗装他)

七〇七万〇七七五円

六年 二二四万九六五九円

七年 七六万九九四五円

(二) 本件団地において、最初に建替え問題が公式に表面化したのは、分譲主である大阪府住宅供給公社の協力を得て昭和六一年一〇月一六日付でなされた各区分所有者らに対するアンケート調査で、本件団地を現状のまま維持管理をしていくか、あるいは建替えをするかの項目については、当時においても回答者の大半が住宅の狭隘さを訴えて建替えに積極姿勢を示したため(もとより、築後二〇年での建替えは早すぎるし、緑地が少なくなること、入居者増、共益費の増加などに懸念を持つ意見はこのころから存していた。)、翌昭和六二年には区分所有者で構成される建替え検討委員会が発足し、その後、建替え案の検討、公社との協議、行政の意向聴取とともに区分所有者に対する建替え計画案の説明会を催した。昭和六三年三月の意見聴取では、約九二パーセントの者が建替えに賛意を示したため、建替え問題は本件団地で本格的な議論として俎上にのるようになった。

本件団地の管理自治会は、建替え計画の判断材料を提供するため、平成元年九月から二年三月にかけて、自己資金で専門家を入れて専門的客観的立場から居住者、所有者の本格的な意向調査をなして「新千里桜ケ丘住宅建替検討調査報告書」と題する報告書を作成した。右報告書によれば、本件団地の所有者の年齢構成は五〇代が三五パーセント、六〇代が二〇パーセント、七〇代が一四パーセント、家族構成は夫婦のみが二九パーセント、単身一〇パーセントとなっており、平均家族数は2.9人で、各区分所有者は現状に対し「洗濯機置場がない」(47.5パーセント)、収納が少ない(43.6パーセント)、給排水や電気容量に問題がある(40.8パーセント)、住宅が狭い(38.5パーセント)等を訴え、全体としては多数の者(92.3パーセント)が建替えに賛成していた。

そこで、昭和六二年以来、毎年各棟から選任された委員等により構成してきた建替え検討委員会は、平成二年九月二五日以降は、前年度まで発行されていた本件団地の保全・管理に関する広報誌を、建替えに焦点を当てた建替えニュースに改め、これに各区分所有者全員合意による建替えに向けた意見聴取及びその報告、さらにこれに基づく自然通風や採光の確保、南面性の重視、緑の多い環境の確保、周辺環境との調和についての記事等を掲載し、平成七年七月一八日までに第一九号の発行を重ね、この間、たびたびの説明会も開催し、建替え決議の集会の開催通知に当たっては、改めて「建替え決議のついてのご説明」なる前記決議内容に関する詳細な議案書を添付し、本件決議に至った。

3  各棟建物の状況(平成八年ないし平成九年春ころまで)

(一) 外回り(屋上防水、コンクリート爆裂、エクスパンションジョイント等)

(1) 全般

各棟建物の屋上、外壁、窓の下、ベランダ部分等からのコンクリート片が剥落する事故は一度ならず発生し、大きなものでは平成元年に六キログラムを越えるものも落下したこともあった。

管理自治会は、平成五年三月ころ、大阪工業株式会社及び早川ゴム株式会社に依頼して屋上防水層を調査したところ、砂付きルーフィング仕上げ層(最上層)に口開きがあり、アスファルト防水層(中間層)が損傷しており、パッチ張り補修をした部分がある。さらに接合部においては一センチ程度の開きがあり、防水層は各所に膨れがみられて目視では全体の一割から二割に達しているとされ、全体的にみて早急に改修工事をする必要があると判定されたが、その費用として全棟で二九二〇万円が見積もられた。

屋上からのコンクリート片の剥落原因は、屋上部分の防水はアスファルト防水を被せた上に、立ち上がり部分に防水押さえのトラフとしてU字溝を被せる形で処理されているが、そのU字溝を補強するための鉄線が浸水のため錆びて膨張し、トラフを割ってコンクリート製のU字溝が欠落落下したり、ベランダ部分については庇として塗られたコンクリートの塗り厚が過多であったため経年変化やモルタル防水からの浸水で落下したものであった。

(2) A二棟

A二棟二〇三号室のベランダには塗装剥離がみられ、二〇一号室の修理跡にも新たな塗装剥離もあり、二〇四号室には内部鉄筋に錆が回って錆が表面に浮き出ており、同二〇六号室、三〇四号室及び三〇五号室、三〇八号室等にも同様の状況がみられ、ことに、三〇三号室ではその程度は顕著となっている。また、一〇三号室、一〇四号室、一〇五号室、一〇八号室等には表面塗装の剥離が、二〇二号室及び二〇六号室の北面庇には横向けのクラックが存在する。また、三〇八号室、一〇七号室には開口部から広がる構造クラックもある。

(3) A三棟

A三棟では、東側壁面の三、四階部分に雨水が浸入しているとみられる相当大きなクラックが存し、同一階部分にも一度補修後に現出したクラックが存している。東北角の屋上庇部分のうち排水管付近は塗装が剥がれて水がコンクリート内に浸入している。排水管付近が劣化しているのは東南角等の排水管付近も同様で、鉄筋の発錆からコンクリートが剥落した跡を補修した形跡もあり、さらに別の場所にも同様の状態が数ヵ所現出している。三〇二号室のベランダにはベランダ防水の劣化から割れが生じ、三〇七号室のベランダ周辺にも相当深いクラックが生じ、二〇四号室のベランダでも、横方向に大きなクラックが生じて錆び汁が流れ出るなど内部鉄筋が腐食している。一〇八号室のベランダでも軒と垂直に塗装の剥離、錆び汁の流出があり、一〇七号室上の屋上では屋根スラブに割れがみられ、同室北側の開口部からは構造クラックが走っている。

二〇〇階段踊り場の手すり部分は横方向に大きな割れがあって剥落の危険性が高く、右の隣接開口部には構造クラックが存する。

一〇〇階段では滑り止め取り付け部の錆から表面のモルタルに割れが生じ、二〇一号室の浴室と接する外壁には水がしみ出ているなど、浴室の裏側となる外壁にはクラックや塗装の剥がれ等がいくつもみられ、浴室の防水機能が劣化している。

エクスパンションジョイント部分と思われる部分には縦方向に長いクラックが入っているうえ、階段は、そもそも、当初から蹴上げ(階段一つあたりの高さ)が目視によってわかる程度に均一に造られているわけでもなかった。

また二〇二号室窓庇は、欠損部分もあるし、端の部分に縦方向にクラックが入り剥落の危険がある。

(4) A九棟

A九棟でも、不具合のある部分が全面に及んでいるとはいい難いものの、個別に検討すると、三〇一号室、四〇五号室のベランダには鉄筋の錆が表面に現われ塗装が剥離しており、二〇三号室のベランダでもモルタルの剥離がみられる。四〇八号室北壁や三〇七号室、二〇八号室には窓枠やベランダへの扉の枠等の角から発生しているかなり大きな構造クラックが発生し、四〇八号室の直上の屋上パラペットU字溝には縦横にクラックが入って剥落の危険性がある。とりわけ、排水管がベランダの隅の部分を縦に縦断している付近やベランダの外側付近に、漏水跡が多くなっている。

西壁屋上から壁上部にかけてクラックが入っており、一〇七号室の西南角の屋根庇には鉄錆が浮き、パラペット本体のクラック、U字溝のクラックが入っている。

二〇八号室、三〇七号室近辺の屋根付近には、接合部となっているエクスパンションジョイント付近で補修跡にさらに大きなクラックが発生している。

四〇五号室のベランダ上部においても、塗装の剥がれが生じている。四〇八号室(同)では、外壁面に構造クラックが多数発生している。

(5) A一〇棟

二〇六号室南ベランダは爆裂してモルタルがはげ落ち、鉄筋が露出したままになっている部分があり、二〇四号室ベランダでも鉄筋が埋まっていると思われる部分や角の部分を中心に塗装の剥がれは多数存し、排水管の付近には爆裂があり鉄筋の露出がみられる部分がある。

屋上パラペットも、U字溝に縦方向にクラックが生じ剥落の危険性がある。また、縦樋最下端では地上部分に損傷がいくつかみられる。

三〇六号室においても、上階のベランダの防水が不十分で塗装が剥がれた部分があり、補修跡があるものの排水管の周辺には鉄錆びらしい染みができていたり、鉄筋が露出している部分もある。

また、雨の日には、前面の道路が道幅いっぱいに水が溜まる状態となっており、雨水を流す排水管に問題があることは明らかである。

(6) その他の棟

A一棟でも、二〇三号室に階上のベランダから握りこぶし大のコンクリート塊が落下したこともあったし(補修済)、ベランダ部分の塗装の剥離は、四〇六、五〇五、五〇六、五〇八号室等にみられ、四〇五号室では補修後隣接部分にさらにクラックが生じ剥落する危険がある。四〇七、三〇八号室付近では直角に継ぎ目となっている建物部分に大きなクラック及び一部その補修跡がみられる。四〇三号室ではベランダ接合部に深いクラックがあり、三〇八号室では塗装を何度もしているものの、さらに剥離している自体となっている。三〇六号室ベランダでは鉄筋の錆汁がにじみ出ており、二〇六号室では補修しているもののその付近でさらに剥離し、補修部分自体にも錆汁がにじみ出ている。一〇五、一〇六、二〇五、四〇五、四〇七号室でも塗装の剥離はみられ、一〇七号室の開口部には構造クラックが存在する。二〇〇階段踊場には鉄錆がにじみ出ており、二〇七号室に至っては、長期間水が滴り落ちるためにコンクリート等が溶けてつらら状に固まったとみられるものが存する。二〇〇階段踊場には水たまりができるためモルタルを埋めた部分がある。三〇一号室ベランダでは爆裂して鉄筋も露出している。

A四棟でも遠目には十分に居住ができる程度の外観が保持されているものの、四〇三号では爆裂して鉄筋が露出し、四〇一号室屋根スラブ裏でも内部鉄筋の腐食が推認される状況にある。一〇三号室では多数のクラックが存し、一〇二、一〇一、二〇二号室の窓庇でも塗装が剥がれており、内一〇一号室ではクラックにより剥落が起こる危険は高い。二〇一号室窓庇には深いクラックが存し、二〇二号室の窓庇は横長に大きくコンクリートが滑落し、内部が露出したままとなっているし、四〇二号室上の屋根庇裏には多数の補修跡がある。やはり排水管付近には塗装剥がれが多数存する。二〇三号室では窓庇をほぼ全体にわたり補修している。

A五棟でも一〇一号室上部にはクラックに錆汁がにじみ出て、一〇二、三〇三号室の窓庇、二〇二号室のベランダは塗装が剥がれている。

また、A六棟東側壁面には広範囲にクラックがあり、同三〇七、二〇八、二〇三、一〇五、一〇八、三〇七、三〇四号室ベランダの排水管付近には塗装剥げ、内一〇七号室の庇では鉄筋の露出までみられる。

A七棟一〇七号室の東壁でも開口部からおおむね斜めに走る構造クラックが多数生じ、同三〇八号室北壁にもこれに類似するクラックがある。二〇八号のベランダ排水管付近も内部鉄筋の発錆が生じていると思われる。一〇一号室では表面が剥落し鉄筋が露出している。一〇五号室ベランダは全面に塗装剥離等が及んでおり、防水が機能していない。一〇四号室では鉄筋に沿って塗装が剥離しており、上階バルコニーからの漏水、鉄筋の腐食が存在する。三〇六号ベランダでは上階の漏水から塗装の剥離が生じ、ベランダ手すり付近には縦方向にクラックが生じ剥落の危険もあり、三〇八号室ベランダのクラックからは錆び汁が流れ出ており、内部鉄筋の腐食が認められる。

A八棟の屋上の庇からコンクリート片が落下したため、平成八年六月ころ、大阪工業株式会社に大庇の修繕工事の見積もりを依頼した(見積額一五万二四四〇円)。その原因は、コンクリート内の鉄筋が腐食して膨らんだためにコンクリートが破裂して剥落したものであり、落下したコンクリート片の相当部分は、同じ原因で発生したものであり、一部ではコンクリート内の腐食した鉄筋が露出する現況が発生することになった。一〇五号室、一〇三号室では修理跡の近くで塗装の剥がれ、錆汁のにじみがみられる。一〇〇階段でも浴室からの水分浸透の影響は免れず、塗装の剥がれが生じている。二〇〇階段上では約一〇メートルにわたりパラぺット下部の剥落があり、一部踊り場の外角も欠落している。東壁では相当広範囲に塗膜が剥離しているしコンクリートの打ち継ぎ部分にクラックもみられる。三〇八号室は空き家となり管理が放置されている。

A一一棟では一〇一号室の梁にクラックが縦方向に生じ、錆汁もにじみ、四〇一号室庇裏では爆裂して鉄筋が露出した部分も存する。二〇三号室では窓庇に大きなクラックが存し剥落の危険は高い。四〇三号室、三〇三号室、二〇三号室でもベランダや窓庇の塗装剥がれがあり、三〇二号室、四〇二号室でも排水管付近を中心に顕著である。

A一二棟でも、四〇一号室、四〇三号室には補修跡、その後にさらに塗装剥がれがみられ、一部錆汁のにじみも存する。四〇二号室付近にはクラックの補修としてコーキングがなされ、外観上はその跡がはっきりとみられる。

(二) 水回り(排水管、浴室、台所、トイレ)

各棟建物では各階段毎の縦管に各区分所有建物からの枝管が集まり、これが敷地内に敷設された排水管を通じて公共用下水道に流下するようになっているが、そのうち、敷地内に敷設された排水管は、短い土管(陶器管)やコンクリート管をつなぎ合わせてあるため、地盤沈下や樹木の根等により一部が逆勾配になり固形物が引っかかりやすくなったり、つなぎ目に樹木の根が入り込んだりして、排水に困難が生じるようになった。

また、共用部分の縦管や専有部分の枝管がつまったりした場合は、通常は専門業者により六〇ないし八〇キログラム毎立方センチメートルの圧力で水を排水管に噴射して排水管の内側に付着した固形物を取り除く方法が採られるが、各棟建物では、排水管に腐食が進行して管壁自体が薄くなっており、清掃中に錆が除却されて実際に数ヵ所で漏水が起こるなどしたため、水圧も四〇ないし六〇キログラム毎立方センチメートルに落として清掃をし、業者も、万一、清掃中に管から漏水しても責任を負担しない旨を述べ、本件団地の回覧板にも専有部分の配管の清掃中の漏水は各自負担である旨が記載されて各住戸に周知されたため、縦管の通っている各階段毎全戸がまとまって清掃することを合意することは困難となり、実際上、右のような清掃自体が困難な状態となっていた。

さらに、各棟一階の床下の排水管が腐食している場合には、清掃の際に初めて漏水が発見され、清掃業者が応急措置でビニールテープを巻いて急場をしのぐことも珍しくはなかった

実際にも、平成八年には、A二棟においては地下埋設部分の排水管の交換を行ったが、経年による腐食で多数の孔が開き、汚水中の油分や固形物が排水管内に溜まって詰まりやすくなっていたり、腐食により穴が開かないまでも薄くなっていた。A一二棟でも床上と地上との間で露出している排水管にビニールテープを巻き付けて応急措置をしていたが、床下に汚水が溜まり不都合が生じたため、腐食していた部分の排水管を回収、交換した。また、平成一〇年四月ころに排水管を清掃した際に、A五棟の床下パイプが腐食しているのが見つかった。

また、平成一〇年五月一五日、一住戸の火災で消火活動中に駐車場路面から突然漏水し始めたが、その原因は給水管の接合部分が老朽化して全面が発錆により腐食し、消火活動の際の水圧に耐えきれず孔が開いたものであった。

さらに、A七棟二〇七号室でも浴室の防水層の劣化から漏水が起こり、壁が欠落している部分も存し、浴室出入り口の木製枠を補修しているが、必ずしも万全ではないし、洗面所の上水を洗濯機に分岐するための追加工事をなしている。その他、右程度に及ばないまでも、浴室出入り口周辺は腐食している部屋は多数存する。

また、当時の設計上、洗濯機置場が設けられていないため浴室前の脱衣場所となる廊下等に置き、ホースを引いて浴室に排水し、不便をかこつ家庭が多くなっている。

(三) 電気関係

一〇アンペアが三回路しかなく、高容量の電化製品を避けて使えば、日常生活に支障はないものの、ヒューズボックスを取り替える者も少なくない。ただ、それでもなお、容量の大きい電化製品を同時使用することは困難である。

そして、平成九年三月のアンケート(回収率67.4パーセント)では、居住者だけからでもA一棟で三件、A二棟で四件、A三棟で六件、A五棟で二件、A六棟一件、A七棟三件、A八棟二件、A一〇棟で二件、A一一棟で三件、A一二棟で一件が訴え、非居住者でも八件が電気容量の不足ひいては漏電の恐れに不満を抱いている。

(四) 内壁、天井、床

多数の住戸では、リビングの天井に部屋の端から端まで走る長いクラックが生じており、原因は必ずしも明らかではないが、躯体スラブの電気配線に沿っているなど、いずれにしても建築構造的な問題であると推認される。

A一棟二〇七号室では内壁に天井付近から斜めに大きなクラックが生じている。一〇八号室では隣家との隔壁に長いクラックが生じている。

A三棟一〇八号室でも、内部にクラックとともに、漏水からくると思われる染み跡が広範囲に広がっている。四〇四号室では、室内を改装し壁紙を新たに張った跡からさらに漏水跡ができている。

A七棟三〇七、三〇五号室には天井にクラックが生じ、三〇八号室には南側壁面、リビングやキッチン、トイレ床、洗面、玄関ホール等に縦横にクラックが生じ(一部補修済)、相当大きなコンクリート片が剥落している。また、三〇三号室もリビング天井に長いクラックが生じている。

A九棟でも、四〇五号室の内壁でも、一部錆び汁がでているとみられる染みも存する。

また、歩行時に床に異音がするとの苦情もある。

4  居住ないし周辺環境

本件団地は、小さな子供を持つ若い世代を想定して建築されたもので三世代が居住するには狭く、老年世代への配慮がなされていないため、エレベーターがないことが上階に居住する老人世帯や健康に恵まれない家族を抱える世帯に不満が強く、二〇〇戸はベランダが独立していて二方向避難ができる構造ではない。そして、法人所有を除く二六六戸中で六〇歳以上の区分所有者は約六七パーセントにも上り、すでに現在は約六〇戸が他に居を移して空家となっている。

本件団地の周辺地域において同時期に建築された共同住宅では、新千里西町K―A団地では所有者全員の合意による任意建替えが実現し、深谷第二住宅では建替え計画を豊中市に提出し、東丘住宅でも建替えを含めた検討に入っている。しかし、一方では補修による解決方法を模索する共同住宅も存し、深谷第一住宅では具体的に計画が進行している。いずれにせよ、本件団地と同年代に大量に供給された区分所有建物において、法定耐用年数六〇年の半ばにして、建替えか、あるいは大規模補修が必要な事態が生じている。これを反映し、豊中市は「大規模団地建替助成要綱」を制定し、昭和四五年以前に建設された、敷地面積五〇〇〇平方メートル以上、区分所有者が一〇名以上等の要件を満たした共同住宅の建替検討委員会等に対し、基本構想の作成を目的とする研究会、意向調査等の活動に対する助成制度を設け、平成七年四月三日から実施している。

5  補修費用及び建物価額

(一) 補修費用

平成七年五月ころ、竹中工務店により、法定耐用年数六〇年の折返し時点である築後三〇年(平成九年)をもって、部材、部品を原則として原状の仕様程度とした場合の大規模全面改修工事(住戸内、共用部、設備外部関連費を含み、入水層、ポンプ設置、屋内消火栓は除く。)をした場合の改修費用が試算されたが、それは一二棟全部で三一億九〇〇〇万円余り、一戸あたり一一七三万円余り(但し、以後、耐用年数経過時までの専有部分の補修費用は別途個人対応とするもの)に上り、耐用年数経過時までに別途保全費用約一四億円を要するというものであった。

さらに、同工務店が、本件決議後である平成九年六月三日時点において、右のような大規模全面改修工事ではなく、今後の住戸内の劣化・故障により他の専有部分、共用部分に影響を与えない最低限度必要な給排水設備と浴室改修に伴う範囲の工事に限定して試算した場合でも、一戸あたり六四五万円を要するものと試算されている。

(二) 建物価額

敷地権を含む各区分所有権としては、広大な敷地や立地条件の良さから相応の価格水準を維持するものであるが、その大部分は土地価格から構成され、各区分所有建物の本件決議時における価額は一戸あたり約三〇〇万円(各棟建物全体の価額は、これに戸数を乗じた価額)である。

二1  法六二条一項は、建替え決議の実体的、手続的要件として「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由により、建物の価額その他の事情に照らし、建物がその効用を維持し、または回復するのに過分の費用を要するに至ったときは、集会において、区分所有者及び議決権の各五分の四以上の多数で、建物を取り壊し、かつ、建物の敷地に新たに主たる使用目的を同一とする建物を建築する旨の決議をすることができる。」と規定しているが、右のような制度が新設された趣旨は、区分所有建物、ことに、戦後国民の平均的な住居として大量に供給され続けている大規模集合住宅にあっては、いずれ到来する建物の老朽化等による建替えにつき、多くの区分所有者相互の利害が対立して一致した集団的意思形成をすることの困難性を考慮し、その権利関係の合理的調整措置として設けられたものである。しかして、右の制度は、対立する利益の規律基準として手続的要件と並んで実体的要件を課しているのであるから、右の実体的要件については、建替えに参加しない区分所有者を区分所有関係から強制的に排除するという制度の趣旨目的に照らし、厳格な解釈が要請されることは非参加者ら主張のとおりである。

ところで、法六二条の規定構造からすれば、「建物の価額その他の事情に照らし、建物がその効用を維持し、又は回復するのに過分の費用を要するに至った」ことが建替え決議の要件であるが、その原因として例示される「老朽、損傷、一部の滅失」を勘案すれば、建物の効用維持回復費用を要する原因が物理的な事由によることを要するというべきであり、参加者らが主張するような、損傷、一部滅失と異なり、老朽については物理的事由に限定されず社会経済的な事由をも包含するとの主張はにわかに採用し難い。けだし、建築時と建替え決議時の間に変化した建物の社会的要求水準の上昇(効用増)を所期する費用は改良費用であって本条にいう費用に該当せず、右のような、いわば必然的に生ずる建物としての機能の陳腐化の内容、程度や、双方が主張する広く建替えの相当性といった問題は、建物の価額その他の事情として費用の過分性判断に際して考慮されるべき事情というべきである。

2  右の観点から、前記認定事実を基礎に検討を進める。

(一) 老朽

ここにいう老朽とは、住居学や建築学でいうところの建物や柱の主要部分、構造部分が朽ちて役に立たなくなるというような場合に限定されるものではなく、建替え制度の設けられた趣旨に従って解釈されるべきであり、年月の経過によって建物としての物理的効用の減退はあるが、いまだ建物としての社会的効用を維持している状態をいうものと解するのが相当である。

前記のとおり、各棟建物は同一の時期、設計、品等により建築され、本件団地の管理組合自治会により統一して管理されてきたのであるから、各棟建物の現況は非参加者らが区分所有建物を所有するA二棟ないしA四棟、A九棟、A一〇棟の状況をも反映しているものと推測できる。そして、各棟建物は、本件決議時まで築約三〇年を経過した建物としては特別に進行した老朽化まではみられないものの、少なくとも、屋上防水、外壁開口部の構造クラックは各棟建物の各所に及び、さらに、ベランダや窓庇部分の防水の劣化は相当に進み、さらに、鉄筋の露出、内部鉄筋の腐食による爆裂によりコンクリート塊が剥落するという事故まで発生していることからすれば、建物躯体の老朽化は否定できないというべきである。

また、設備関係のうち、コンクリート内部を含む給水管、排水管とも相当劣化し、ことに、排水管に通常の圧力をかけて清掃することができず、薄くなった管壁が破れて漏水する恐れがあるとの点は、設備関係についても老朽化が進行していることを肯定させるものである。

各棟建物のように鉄筋コンクリート建物の法定耐用年数が六〇年間とされていることは次のとおりであるが、右のような老朽化の事情と本件団地と同時期に建設された近隣の団地においても、建替えないし大規模修繕が真摯に検討されている事実をみれば、A二棟ないしA四棟、A九棟、A一〇棟建物はもとより各棟建物の老朽化はかなりの程度進行し、少なくとも大規模修繕が不可欠な時期が到来しているというべきである。

ちなみに、鉄筋コンクリート建物の減価償却資産の耐用年数が六〇年であり(減価償却資産の耐用年数等に関する大蔵省令、別表第1、第3、第10に基づく耐用年数表)、さらに、甲第一七号証によれば、「マンションの構造体である屋根、床、柱、梁、基礎(杭)などの老朽は、必要な補修が行われていれば、短い期間では起こらない。建築学の常識では鉄筋コンクリートのマンションであれば、欠陥や瑕疵があれば別だが、三〇年程度で構造体が老朽化することは考えられない。日本建築学会が定めている目標耐用年数では、マンション(鉄筋コンクリート造の集合住宅)の場合、高品質では一〇〇年以上、普通の品質の場合でも六〇年以上とされている。」と指摘する学者もあるが、乙第一〇〇号証によれば、建物の耐用年数に関する実証的調査研究では、鉄筋の住宅施設の標準的な経済耐用年数は三五年ないし四〇年、設備のそれは一五年とされている事実が認められ、各棟建物の構造体の老朽程度は別としても、対処療法的な補修ではなく、根本的な大規模修繕が必要な時期が到来しているとの結論を左右するものとはなし難い。

(二) 効用の維持回復費用

右のとおり、各棟建物は少なくとも大規模修繕が不可欠の時期が到来しているところ、竹中工務店により、補修費用は大規模修繕を前提にすれば一戸あたり一一七三万円、最低限度必要な給排水設備、浴室回りの補修費用(仮設、解体、防水、金属、塗装、外部、内部、雑、設備の各工事)でも一戸あたり六四五万円と見積もられている。

ところで、後者の当面必要な補修費用六四五万円は、竹中工務店作成の甲第二九号証(三棟改修費用見積書)に依拠するものであり、右見積書では、仮設工事における枠組み足場の一平方メートルあたりの単価を二二〇〇円と算定しているが、甲第一九号証によれば、平成九年当時の建設物価では、高さ一〇メートル以上二〇メートル未満の建物を大阪地域で施工する場合の一平方メートルあたりの単価は一九六〇円とされている事実が認められるのであって、これに比すれば前記見積書の枠組み足場の見積は約一割高であるから、確実なところで補修費用として右見積書に掲記された各工事項目の費用を全体に一割減ずると約五八〇万円となる。そして、この結果は、甲第六号証により小野工建が、右と同時期に同等の内容で見積もった補修工事費用約五六二万円とほぼ同様の結果となっているから、いずれにせよ、本件団地については、一戸あたり五〇〇万円強の費用を要する補修工事が必要となっているというべきである。

非参加者Hは、右の各見積が前提とする専有部分の補修費用は、元来が個人負担であるから法定の補修費用には含まれないと主張するが、かく解すべき根拠は存しないというべきである。けだし、区分所有建物は専有部分と共用部分から構成されるが、法六二条が「建物」の効用維持回復費用を念頭に置き、共用部分のそれに限定していないことは法文上も明らかであり、これを実質的にみても、専有部分、共用部分を含めた建物全体の維持管理費用は、結局は、当該建物の所有者である区分所有者全員の負担となるのであるから、これを専有部分と共用部分に分けて論ずることに合理的な理由がないことは制度の趣旨に照らして明らかといわねばならないからである。

なお、弁論の全趣旨によれば、本件団地においては管理費等が、周辺の団地に比して約七分の一程度であったと認められるが、区分所有建物の維持管理は区分所有者全員が集会の決議を通じて等しく負担するものであることは所有者として当然のことであり、仮に、管理費や、それまでに投じた補修費用が低額にすぎて管理に不十分さがあったとしても、それ自体が本件決議の効力を左右するものとはいい難い。

(三) 費用の過分性

前叙のとおり、費用の過分性は、当該建物価額その他の事情に照らし、建物の効用維持回復費用が合理的な範囲内にとどまるか否かの相対的な判断であって、一定の絶対的な価額を前提とするものではもとよりあり得ない。けだし、当該建物の効用維持回復費用として必要とされる補修費用を投ずることがもはや社会通念上不合理と判断される場合には、右のような建物を存続せしめること自体が区分所有者に不可能を強いることになるからである。

しかして、右に掲記された建物価額は、敷地及び敷地内共用物件を除いた、当該補修費用を投下すべき対象である各棟建物の財産価値を示すものであり、かつ、補修費用と同様具体的な経済評価ができるものであるから、補修にかかる費用対効果を考えるうえで大きな要素を占めるものというべきであり、同時に、その他の事情を考えるにあたり、建物の機能の社会的陳腐化をはじめとする社会情勢、生活情勢の変遷への対応の程度を考慮することも許されるというべきである。およそ、建物は、ひとの社会生活の基本でありながら、改変の容易でない人為的構築物として、建築時の設計思想、技術水準は、経年によりいずれは時代の要求に合わなくなる宿命を帯びるものであり、例えば、先に指摘したとおり、ここにいう効用維持管理費用は改良費用を含まないものであるから、補修時において算定される必要費用を投下しても、所詮は建築時における当該建物の住宅機能しか維持回復できないのであって、この点を捨象して相当性を論ずることはできないと考えられる。

これを本件についてみるに、まず、乙第四二号証の評価意見書によれば、区分所有建物一戸あたりの価額が約三〇〇万円(各棟建物の価額はこれに戸数を乗じた価額)と評すべきことは先に認定のとおりである。

ところで、甲第一八号証によれば、不動産鑑定士西尾嘉高は、平成八年四月一日現在の区分所有建物一戸あたりの価格を七一二万一〇〇〇円と算定しているが、鑑定評価基準には、実際取引を前提に「区分所有建物及びその敷地の」鑑定手法に触れるところはあっても、そのうち「区分所有建物」だけの鑑定手法に直接言及する部分がないため、評価額の相違はまずもってこの手法についての見解の相違を反映するものであるが、いずれの鑑定手法も根本的誤りを有するとは考え難い。しかし、何よりも、右のような大きな開差を生んだ原因は、建物の積算価額の評価にあるが、甲第一八号証は肝心の積算価額について直接観察という大雑把な評価法を用いていることや、比準価額についても、乙第四二号証と異なり、本件団地の区分所有建物一戸を抽出するにとどまるなどしていることから資料としての確実性に劣ることは否定できず、容易に採用できない。

そして、区分所有建物一戸あたりの建物価額が三〇〇万円であり、当面必要な補修費用でも、控えめにみて一戸あたり五〇〇万円強の費用を要すること、これに、仮に右費用を投じても回復される建物としての機能は建築時である昭和四二年当時の建物としての機能水準にとどまり、専有部分の狭隘さを初めとして、エレベーターや洗濯置場がないなどの生活上の不便は解消できないのであって、これらを総合勘案すれば、A二棟ないしA四棟、A九棟、A一〇棟を含めた各棟建物は、建物価額その他の事情に照らして、効用維持回復に過分の費用を要するに至ったというべきである。

3  建替え手続の瑕疵

非参加者らは、区分所有者集会の招集者が本件決議前に決議権者に対し、法六九条所定の建物の老朽化等の資料を提示せず、したがって、決議権者がその点を認識していたなら本件決議に至っていなかったと主張する。しかし、本件においては、前記認定のとおり、集会の開催までに建替え検討委員会から多年にわたる建て替え問題の説明がなされ、集会開催に際しても「建替え決議についてのご説明」により法六二条二項所定の項目についての議案の要領を通知しているのであるから、形式的にも、実質的にも手続に遺漏があるとはいえず、右主張は採用の限りではない(もとより、前記実体的要件は客観的に存すれば足りるのであって、決議に至るまでにその要件の存否を各区分所有者に諮ることが法定の手続要件であるとはいえず、かつ、これを決議までに諮ることがなくても決議自体にこれを無効ならしめるような瑕疵があるとは考えられない。)。

4  団地管理規約に基づく管理自治会集会の招集の不存在

甲第一号証によれば、本件会則七条の二(7)には、法六二条の建替え決議には管理自治会の総会の議決を経なければならないと規定されていることが認められる。しかし、法六六条は団地における建物区分所有に関する規定の準用規定において法六二条の場合を準用していないのであって、本件のような建替え決議は各棟建物毎の区分所有者の集会で決議されるべきことは当然といわねばならない。けだし、もともと、一団地を構成することにより管理組合が成立するとの法六五条の規定は、敷地、共用部分、さらには専有部分のある建物の管理を統一的に行うためであって、各棟建物の所有権は当該区分所有者に属するものであるから、団地管理組合の権限が各棟建物の区分所有者の所有権を排して建替えを強制することができるためには、特別の立法がなければなし得ないからである。

よって、右規定は法六六条に抵触するものとして無効と解すべきであるから、この点に関する非参加者らの主張は理由がない。

5  社会的相当性

非参加者らが主張する建替えの社会的相当性なる問題は、建替え制度の立法過程において、法の定める建替え決議の実体的、手続的要件の中に解消されているものであって、前示諸要件に付加する独立要件とする根拠がなく、右主張も採用できない。

三  売渡し請求

1  買受指定者

ところで、法六三条四項によれば、買受指定者の指定は、建替え参加の催告後二月を経過した後、建替え決議に賛成した各区分所有者若しくは建替え決議の内容により建替えに参加する旨を回答した各区分所有者(これらの者の承継人を含む。)の者全員の合意により指定されるべきもので、建替え参加者が確定する以前に区分所有者により指定することは許されないことになっているところ、前記認定事実によれば、本件における買受指定者は、建替え決議と同時に附帯決議により指定されており、この点において明らかな手続違背が存するものといわねばならない。しかし、前記認定事実によれば、附帯決議を含む本件決議は、A二棟ないしA四棟、A九棟、A一〇棟における集会では、非参加者らだけが棄権し、その余の区分所有者全員が賛成したのであるから、結局は、右決議に加わった区分所有者と建替え参加者が一致しているのであるから、右のような手続的瑕疵は治癒されるものと解するのが相当である。

2  非参加者Gに対する売渡請求の到達

弁論の全趣旨によれば、買受指定者から非参加者Gに対する売渡し請求の書留内容証明郵便は不在返戻されたことが認められる。しかし、本件建替え制度の手続からして、買受指定者から売渡し請求権の行使がなされることは一〇〇パーセントの予測が可能であり(ちなみに、弁論の全趣旨によれば、同非参加者は、後日、別途送付された同旨の内容証明郵便は受領を拒否したことが認められる。)、現に、同居する非参加者Fには平成八年八月二一日に同旨の書面が到達したのであるから、右意思表示は同日了知し得べき客観的状態を生じたというべきである。

3  区分所有建物の価格

乙四二号証によれば、本件団地の敷地全体の更地価格が九七億三九〇〇万円で、一戸あたり三五八〇万円と算定されていること、建物価格は前記のとおり三〇〇万円程度であると認められること、甲第一五号証によれば、建物及び土地の合計額(基準時平成八年四月一日)が四〇七六万五〇〇〇円と算定されていることを総合考慮すると、区分所有建物価格は、少なくとも一戸あたり四〇八〇万円を下ることはないと認められる。

よって、非参加者らは買受指定者に対し、各金四〇八〇万円の支払いを受ける(なお、区分所有権の共有者は不可分債権として同額の代金債権を取得するものと解される。)のと引き換えに、各区分所有建物につき、前記売渡し請求権の意思表示到達日売買を原因とする所有権移転登記をなすべき義務を負担し、かつ、建物明渡しをすべきである。

第五  結語

以上のとおりであり、第一、第二原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、第三原告の請求は理由があるので認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉安一 裁判官今井攻 裁判官武田正)

別紙物件目録(一)〜(七)<省略>

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